Mt.FUJI 100 2026 “FUJI 100mi” を完走した記録⓪
プロローグ:挑戦の始まりと当選通知
私が社会人になって間もない頃のことでした。
仕事に追われる毎日を過ごしていたある昼休み、何気なくインターネットを眺めていると、一つの記事が目に留まりました。
「UTMF」
ウルトラトレイル・マウントフジ。
富士山の麓を巡りながら、山岳地帯を160km(100マイル)も走り続けるレースです。
当時の私にとって、それはまるで別世界の出来事でした。
「こんな世界があるのか」
そう思いながら記事を読み進めたものの、昼休みが終わると同時にブラウザを閉じ、いつもの仕事へと戻りました。
その約10年後、自分自身がそのスタートラインに立つことになるとは、当時は想像すらしていませんでした。
Mt.FUJI挑戦のきっかけ

私がMt.FUJI 100への挑戦を決意した直接のきっかけは、2025年6月に開催された奥武蔵ロングトレイルレース(105km)を完走できたことでした。
雨の中を一晩中進み続けた経験は、間違いなく私を成長させてくれました。
しかし、レース中は必死そのものです。景色を楽しむ余裕などなく、とにかく前へ進むことだけを考えていました。
ゴール直後も達成感でいっぱいで、レースの過酷さを振り返る余裕はありませんでした。
ところが、完走から2週間ほど経った頃、不思議なことが起こります。
忘れかけていたはずの記憶が、少しずつ鮮明によみがえってきたのです。
せっかくの再挑戦を台無しにしてくれた――と当時は本気で恨んでいた長い雨
雨風と濃い霧の中、思うように進めなかった夜
雷によってレースが中断され、ビジターセンターで待機した寒い朝
そして昼には快晴となり、まるで熱帯のような蒸し暑さの中を進んだ飯能の山々
振り返れば、そのすべてが強烈な非日常体験でした。
気づけば私は、あの感覚をもう一度味わいたいと思うようになっていました。
レース中、ある参加者の方がこんなことを話していました。
「もうロングトレイルはこりごりだ。次に出るなら100km以下かな」
その気持ちもよく分かります。
実際、奥武蔵ロングトレイルはそれほど過酷なレースでした。
けれども私の中には、別の感情が芽生えていました。
奥武蔵ロングトレイルレースで100kmを完走した今だからこそ
その先にある世界を見てみたい
日本で挑戦できるトレイルレースの最高峰ともいえる100マイル
その距離を走り切ったとき、自分は何を感じるのだろうか
そんな思いが日に日に大きくなっていきました。
なぜMt.FUJIにしたのか

もっとも、100マイルレースであれば他にも選択肢はあります
それでも私の中では、最初からMt.FUJI以外の選択肢はありませんでした
理由は単純です。
約10年前の昼休み、偶然見かけた記事
そのとき初めて知った100マイルレースこそが、UTMF――現在のMt.FUJIだったからです。
当時の私にとって、それは自分とは無縁の世界でした。
しかし、名前だけは不思議と記憶に残り続けていました。
富士山の周囲を巡る100マイル。
日本や世界を代表するトレイルランナーたちが集まる舞台。
いつか挑戦してみたい――
そんな漠然とした憧れを抱きながらも、長い間それは現実味のない夢のままでした。
ところが奥武蔵ロングトレイルを完走したことで、その夢が急に手の届く場所に現れたように感じたのです。
100マイルに挑戦するなら、まずはあのとき記事で見た舞台に立ってみたい。
そう考えるようになるまでに、それほど時間はかかりませんでした。
奥武蔵ロングトレイル完走から約1か月後。
しばらく履いていなかったランニングシューズに足を通し、私は再び走り始めました。
目指す先は、Mt.FUJI 100
人生で初めての100マイルレースでした。
ついにエントリー、そして当選

それから4か月後の2025年11月1日。
Mt.FUJI 100の一般エントリーが開始されました。
国内最高峰のトレイルレースの一つであり、人気も非常に高い大会です。
まずは当選しなければ何も始まりません
装備やトレーニング計画を考える前に、祈るような気持ちでエントリーボタンを押しました。
そして12月2日、運命の当選発表の日を迎えます
恐る恐る結果画面を開いた瞬間、目に飛び込んできた文字は――
「当選」
思わず声が出ました。
「あ、あたってるぅーー!!!!!!」
もちろん自分で応募したのです。
当選を望んでいたのも自分です。
それなのに、その瞬間に湧き上がった感情は喜びだけではありませんでした。
むしろ最初に感じたのは、
「本当に出ることになってしまった…」
という焦りでした。
憧れだったMt.FUJI 100
それが突然、現実の目標として目の前に現れたのです。
160kmという距離は、画面の中の数字ではありません。
これから自分が実際に走らなければならない現実でした。
そして、いつものレースの倍近いエントリーフィーを振り込んだとき、私はようやく覚悟を決めました。
約10年前、昼休みに偶然見つけた記事。
そのときは遠い世界の話だったMt.FUJI 100が、いよいよ自分自身の挑戦になろうとしていました。
こうして、私の新たな挑戦が始まったのです
(つづく)
